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モン・サン=ミシェルと富士山

2007-03-12

 何年か前に誘われて富士山に登った事がある。5合目の駐車場まで夜のうちに車で行き、そこから8合目の山小屋まで登り、頂上で日の出を迎える登山者が出発した後の寝床で仮眠をして、そこで日の出を見てから再び頂上を目指した。太陽が昇り始めると、自分の足下から相模湾そして東京湾へと、大地に掛けられた半透明の黒布が引いて行かれるように、次第に景観が姿を現して行く様は感動的であった。しかし、富士登山を終えて考えたのは、既にあるところにも書いたのだが、日本で景観を良くしようと努力する事は無駄なのではないかと言う事であった。登山道に沿って散乱する、使用済みの携帯酸素ボンベ缶や飲み物の空き缶、そして吸い殻。頂上には、まるでスキー場のゲレンデのような売店の設えと音楽。日本を象徴する「富士山」に対して、このような扱いをする日本人に、どうして身近な景観を大切にする事を期待できたものか。

 

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写真-1 富士山遠景

  フランスのノルマンディー地方南部の、サン・マロ湾に浮かぶ小島に築かれた、修道院モン・サン=ミシェルを御存知であろうか。「モン・サン=ミッシェルとその湾」は、1979年にユネスコの世界遺産<文化遺産>に指定されている。

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世界遺産に登録される基準

ちなみに、世界遺産に登録された基準は次の3つである。

  1. 人間の創造的才能を表す傑作である。

  2. 現存する、あるいはすでに消滅してしまった文化的伝統や文明に関する独特な、あるいは稀な証拠を示していること。

  3. 顕著で普遍的な価値をもつ出来事、生きた伝統、思想、信仰、芸術的作品、あるいは文学的作品と直接または明白な関連があること(ただし、きわめて例外的な場合で、かつ他の基準と関連している場合のみ適応)。

写真-2 堤防撤去工事前のモン=サン=ミッシェル遠景(撮影:佐瀬優子)

 修道院としての歴史は8世紀に始まり、数世紀に渡り様々な様式の建築物が加えられて現在の姿になった。モン・サン=ミッシェルの特徴は、岩と建築物が融合したかのような姿だけではなく、小島が潮の干満により陸続きになったり、沖に浮かんだりとその景観を変化させるところにある。ところが、この潮の満ちてくる時の速度が極めて速いために多くの巡礼者が水に飲まれ犠牲となっていた事から、1877年には陸と小島を結ぶ堤防をかねた道路が建設された。その結果、小島周辺の流れが変わり土砂の堆積が進み、現在では湾に浮かぶ幻想的な姿はあまり見られなくなっている。

 そこで、フランス政府は2006年6月に、土砂の堆積の原因になっている堤防を取り除く事業の起工を行った。この事業では、堤防を撤去した後、陸と小島を結ぶ人道橋の建設、浅瀬の設置、湾に流れ込むCouesnon川の水量をコントロールする堰の建設、駐車場の整備、人道橋上を通行するシャトルの整備が一体的に計画されている。詳しくは、このプロジェクトのホームページを観て頂きたいが、これらの計画は国際的な組織による調査に基づき、国際コンペを行い広くアイディアを集めることにより作成されたものである。世界の知が人類のための遺産のために働いているのである。

 この計画は、これまで車で島の足下まで行けたのが、陸側で車を置いて徒歩かシャトルで橋を渡らなくてはならなくなるというものであり、観光客にとっては不便になるのであるが、それが出来てしまうところが彼の地と日本との違いである。この計画には実はその先があって、将来パリから高速鉄道を整備して、周辺の地域から来る場合には車、遠方からの場合にはパリから鉄道を利用するというように、やって来る車の台数そのものを減らすことが考えられている。

 世界自然遺産に登録しようとして挫折した富士山は、今度は世界文化遺産の登録を得ようとしてその周辺で関連する文化財の特定のための調査が行われた。文化的な価値があるから登録を目指すのではなく、文化的価値を付けるから登録できないかということである。また、世界文化遺産登録を推進する組織が集まってイベントを開催しているが、その様子は悲壮感が漂っている。それは世界文化遺産登録の目的が観光振興のためであり、目の前の利益が欲しいからに他ならない。世界にも稀なうつくしい姿の富士山を愛し誇りに思うのであれば、時間をかけて世界自然遺産に相応しい状態に戻せば良い。裾野に点在するゴルフ場やテニスコートを撤去し、富士スバルラインも廃止するかすれ違いスペースを設けた1車線にして専用の許可車両以外は通行禁止とし、五合目の駐車場も撤去、五合目以上ではお土産店の類も原則禁止とし、樹海を含めた範囲で観光のための開発を禁止すれば世界自然遺産に登録できるであろう。別に、富士山を近くに観ながらゴルフやテニスをする必要はないし、富士山の頂上で流行のJポップミュージックを聴きながらコーラを飲む必要も無い。

 日本橋上空を覆う首都高速道路を地下化し都心で失われた空を取り戻すプロジェクトの推進が検討委員会から小泉首相に答申されたと言う。数千億円の費用を要するが経済効果が2兆円を超えるというのがその根拠である。景観の立場から日本橋に空を取り戻す事は大賛成であるが、その前に世界自然遺産に相応しい富士山を取り戻すためにその莫大な予算を使う事の方が余程日本にとって価値と意味があると考える。

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写真-3 河口湖に浮かぶ意味不明な観光船

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写真-4 首都高速道路の下の日本橋

(出典:社団法人日本ユネスコ協会ホームページ:http://www.unesco.jp/
TBSホームページ:http://www.tbs.co.jp/heritage/archive/19961013/onair.html
Project Mont-Saint-Michelホームページ:http://www.projetmontsaintmichel.fr/en/index.asp
Green Michelin (ENGLISH version) ‘FRANCE’ 2006, p.346

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